2026年4月7日、政府はデジタル教科書を正式な教科書とする学校教育法改正案を閣議決定しました。2028年度の教科書検定を経て、2030年度から使用が始まる見通しです。
紙の教科書の「代替教材」だったデジタル教科書が、紙と同じ正式な教科書になる。大きな転換です。
ただ、ここで知っておいてほしいことがあります。日本がこれから本格導入しようとしているデジタル教科書を、教育先進国のスウェーデンとフィンランドでは「紙に戻す」方向に動いているという事実です。
本コラムでは、北欧2カ国で何が起きたのかを整理し、科学的根拠をもとに「紙とデジタルの正しい使い分け」を提案します。
1. スウェーデン── 1億ユーロかけて「紙に戻した」国
SpotifyやMinecraftを生んだIT先進国スウェーデン。過去15年にわたり教育のデジタル化を世界に先駆けて推進してきた国です。多くの学校でタブレットやノートPCが標準ツールとなり、紙の教科書は姿を消していきました。
ところが2023年、スウェーデン政府は方針を大きく転換します。
- 紙の教科書復活に約1億ユーロ(約160億円)を投入
- 幼稚園でのタブレット使用を廃止
- 2026年秋から義務教育課程で終日のスマートフォン回収を義務化
当時の学校担当大臣は、デジタル化推進を「科学的根拠に基づかない実験だった」と振り返りました。背景にあったのはPISA(国際学習到達度調査)での学力低下です。OECDの分析では、スウェーデンの生徒の低成績と携帯電話の使用時間に相関が示されていました。
ただし注意が必要なのは、スウェーデンが「デジタルを全面廃止」したわけではないということ。政府の補助金で紙の教科書購入を支援する制度が始まり、教員が紙を選びやすくなった結果として紙が増えている側面もあります。
2. フィンランド── PISA読解力1位の国も「紙に回帰」
フィンランドは教育を柱とした人材育成に国家の命運を懸けてきた国です。大学を含む学校の授業料は無料。小学校以上の教員は全員修士号を保有。教育現場へのデジタル導入は1990年代から進められてきました。
2000年に始まったPISAで、フィンランドの読解力は世界1位。「フィンランド詣で」と呼ばれるほど各国から視察が相次ぎました。
しかし、その後PISA成績は下降。2022年の調査では読解力が14位まで落ちました。
フィンランドで何が起きたか
- 2021年に義務教育が18歳まで延長 → 高校の教科書が無償化 → コスト面からデジタル教科書が一気に普及
- パソコンを使った授業が週20時間を超える学校も
- 「集中力の低下」「短気になる」といった問題がフィンランド全体で顕在化
- 保護者の7割が紙の教科書を希望、教員の8割が外国語などで紙を使いたいと回答
2024年秋からリーヒマキ市の中学校では英語や数学の教科書が紙に戻されました。現地の中学生(14歳)はこう話しています。
「パソコンで見る教科書は、どこを読めばいいか分からない時があった。紙の方が理解しやすい」
── 読売新聞 2025年3月18日の取材より
フィンランドの動きはスウェーデンほど急進的ではなく、「教科によってデジタルより紙の方が適しているものは紙に戻す」という判断です。津田塾大学の渡邊あや教授はこれを「マイルドなスウェーデン」と表現しています。
3. 科学的根拠── 紙とデジタル、それぞれの「強み」
「紙 vs デジタル」は感覚論になりがちですが、実は多くの科学的研究が蓄積されています。結論から言うと、紙にもデジタルにもそれぞれ強みがあり、「使い分け」が最も効果的です。
📕 紙が強い場面:読む・考える・理解する
| 研究・知見 | 内容 |
|---|---|
| Delgadoら(2018) メタ分析(54研究を統合) | 紙で読んだ方が画面より読解の理解度が高い。特に説明文・論理的な文章で差が顕著。 |
| 空間的記憶の効果 | 紙の本では「左ページの上の方に書いてあった」という物理的位置と内容が紐づいた記憶が形成される。画面ではこの空間記憶が働きにくい。 |
| 前頭前野の反応(2013年研究) | 同じ情報を紙と画面で見たとき、紙の方が脳の前頭前野がより強く反応。内容理解と知識整理が深まることを示唆。 |
| Mueller & Oppenheimer(2014) | 講義中のメモ取りで、タイピングより手書きの方が概念的理解が深い。タイピングは逐語的な記録になりやすく、咀嚼・要約のプロセスが省かれる。 |
| 低年齢ほど紙が有利 | 注意制御(誘惑に勝つ力)が発達途上の低学年では、デジタル端末による注意の散逸の影響が大きい。 |
📱 デジタルが強い場面:繰り返す・鍛える・速度を上げる
| デジタルの強み | 内容 |
|---|---|
| 即時フィードバック | 解いた瞬間に正誤が分かる。紙のドリルでは「解く→丸つけ→確認」のタイムラグが生じる。 |
| ランダム出題 | 毎回違う問題が出るため、同じドリルを何度やっても「答えを覚えてしまう」問題が起きない。 |
| タイム計測・ゲーミフィケーション | 「昨日より3秒速くなった」というフィードバックが内発的動機づけを高める。紙では実現が難しい。 |
| 短い文章の情報検索 | メール、ニュースなど短文の素早い処理はデジタルが紙と同等またはやや有利。 |
| 提出・回収・共同編集 | レポートの推敲、版管理、共同作業など「学習の運用効率」はデジタルが圧倒的に優位。 |
🏆 併用が最強── 2024年の日本の研究
出典:英俊社「学習塾の教材は紙とデジタルのどちらがよいのか【2025年版】」にて紹介されている、2024年の日本の大学生を対象とした国家試験模擬試験比較研究。
4. 日本は北欧の教訓を活かせる立場にある
スウェーデンは「全面デジタル化→学力低下→紙に戻す」を経験しました。フィンランドは「デジタル偏重→教科ごとに紙に戻す」を進めています。韓国やオーストラリアなど、他にもデジタル教科書に取り組んでいる国はありますが、北欧ほど大規模な方針転換に至った事例はまだ多くありません。
日本は2030年度からデジタル教科書を正式導入しようとしています。先行した国々の成果と失敗を知った上で、最初から「使い分け」を設計できる立場にあるのです。
今回の法改正でも、「紙の教科書のみの使用」や「紙とデジタルの併用」が認められています。各教育委員会が選択できる仕組みです。
5. 家庭でできる「使い分け」戦略
学校の教科書がどうなるかは教育委員会の判断ですが、家庭での学習は今日から親がコントロールできます。科学的根拠に基づく使い分けの指針をまとめます。
📕 紙を使うべき場面
- 国語の読解・記述──長い文章をじっくり読み、考え、書く活動。紙の方が理解が深まる。
- 社会・理科の教科書学習──図表やグラフと文章を行き来する学習。紙のレイアウトが空間記憶を助ける。
- 漢字・英単語の暗記──手で書くことで記憶の定着が促進される。
- 入試の過去問演習──実際の入試は紙で行われる。紙の感覚に慣れておくことは重要。
📱 デジタルを使うべき場面
- 計算ドリルの反復練習──即時フィードバック+ランダム出題で効率的にスピードと正確性を鍛える。
- 一問一答形式のクイズ──正誤がすぐ分かり、テンポよく大量の問題をこなせる。
- 動画教材での理解補助──理科の実験映像、社会の地理映像など、紙では伝わらない情報がある。
- タイム計測による計算力強化──「昨日の自分に勝つ」というゲーム性が子どもの意欲を引き出す。
📋 家庭の使い分けルール(例)
| 学習内容 | 推奨メディア | 理由 |
|---|---|---|
| 教科書を読んで理解する | 📕 紙 | 深い読解・空間記憶の形成 |
| 漢字・英単語を覚える | 📕 紙(手書き) | 手を動かすことで記憶定着 |
| 算数の計算トレーニング | 📱 デジタル | 即時FB・ランダム出題・タイム計測 |
| 入試過去問を解く | 📕 紙 | 本番と同じ環境で演習 |
| 理科の実験映像を見る | 📱 デジタル | 紙では伝わらない視覚情報 |
| 作文・記述問題を書く | 📕 紙(手書き) | 書く行為が思考を整理する |
6. 「デジタルが強い場面」を無料で試せます
スクールコンパスでは、「デジタルが強い場面」にあたる計算ドリルを無料で公開しています。
毎回ランダムに問題が変わるので「答えを覚えてしまう」ことがなく、タイム計測機能で子どもが自発的に「もう1回!」と言い出す仕掛けになっています。
紙の教科書や問題集で考え方を理解した後の「反復トレーニング」として活用してください。まさに「紙で理解→デジタルで鍛える」の使い分けです。
🔢 無料の計算ドリル(登録不要・ブラウザですぐ使えます)
毎回ランダム出題 × タイム計測 × 即時フィードバック
➕ たし算ドリル ➖ ひき算ドリル ➕➖ ミックス ✖️ かけ算ドリル ➗ わり算ドリル1〜3桁の難易度選択、10〜50問の問題数設定が可能です。
7. まとめ── 「どちらか」ではなく「どう組み合わせるか」
スウェーデンとフィンランドの事例が教えてくれるのは、「デジタルが悪い」ということではなく、「デジタルに偏りすぎると問題が起きる」ということです。
科学的に整理すると、使い分けの原則はシンプルです。
「繰り返す・鍛える・スピードを上げる」はデジタル。
紙で考え方を理解し、デジタルで反復して定着させる。この「理解→定着」の2段階で使い分けるのが、現時点で最も合理的なアプローチです。
日本は2030年にデジタル教科書を導入する予定ですが、北欧の教訓を活かして最初から「使い分け」を前提にした運用ができれば、デジタルの良さだけを取り入れることが可能です。
そして、学校の方針を待たなくても、家庭での学習は今日から「使い分け」を始められます。お子さんの教科書を読む時間は紙で。計算の反復練習はデジタルで。この小さな意識の違いが、長い目で見て大きな差になるはずです。
📚 参考文献・出典
- 時事通信「デジタル、正式教科書に 学校教育法改正案を決定 政府」(2026年4月7日)
- 読売新聞「デジタル導入の教育先進国で成績低下…フィンランド、紙の教科書復活『歓迎』」(2025年3月18日)
- HugKum「教育・IT先進国スウェーデンがデジタルから紙の教科書に回帰」(2025年3月)
- 教育新聞「北欧の脱デジタル教科書事情を林准教授らが解説」(2024年12月)
- Delgado, P. et al. (2018). "Don't throw away your printed books: A meta-analysis on the effects of reading media on reading comprehension." Educational Research Review, 25, 23-38.
- Mueller, P. A. & Oppenheimer, D. M. (2014). "The Pen Is Mightier Than the Keyboard." Psychological Science, 25(6), 1159-1168.
- メアリアン・ウルフ『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳』(インターシフト)
- 英俊社「学習塾の教材は紙とデジタルのどちらがよいのか【2025年版】」── 2024年日本の大学生対象研究の紹介を含む
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