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講和とは? 小学生にもわかるやさしい解説
講和とは、戦っている者どうしが、話し合いによって戦いを終えることです。
「和」は、なかなおりの意味。戦いに勝つことだけが、戦いの終わらせ方ではありません。
⚔️ 小牧・長久手の戦い(1584年)の例
本能寺の変のあと、羽柴秀吉の力が強くなると、織田信長の次男・織田信雄が、三河の徳川家康に助けを求めました。家康は「主家である織田氏を助ける」という名目で戦いに加わり、小牧山に陣を構えました。
長久手の戦いでは、兵の少ない家康の側が秀吉方を破りました。ところがその後、秀吉は信雄と直接話し合って講和します。信雄が戦いをやめると、家康には「信雄を助ける」という戦う理由がなくなり、家康も兵を引きました。
つまりこの戦いは、戦場では家康の側が勝ち、話し合いでは秀吉が有利になったという形で終わりました。「勝敗が分かりにくい戦い」といわれるのはこのためです。
🌏 ほかにも使われる場面
歴史の教科書では、戦争を終わらせる約束を「講和条約」と呼ぶことがあります。戦いの終わり方を決めるのは、力だけでなく約束だという見方ができます。
❓ 理解チェック
Q1 講和とはどういう意味ですか。
- 戦いを始めること
- 話し合いで戦いを終えること
- 兵を集めること
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こたえ:話し合いで戦いを終えること 「和」はなかなおりの意味です。
Q2 小牧・長久手の戦いで、家康が戦いに加わった名目はどれですか。
- 主家である織田氏を助ける
- 新しい城を建てる
- 外国と貿易をする
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こたえ:主家である織田氏を助ける 信雄に助けを求められ、織田氏を助けるという名目で加わりました。
Q3 長久手の戦いで勝ったのはどちらの側ですか。
- 羽柴秀吉の側
- 徳川家康・織田信雄の側
- どちらも引き分け
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こたえ:徳川家康・織田信雄の側 兵の少ない家康の側が秀吉方を破りました。
Q4 秀吉が信雄と講和したことで、家康はどうなりましたか。
- さらに兵を増やした
- 戦う名目を失い、兵を引いた
- 秀吉の城を攻めた
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こたえ:戦う名目を失い、兵を引いた 信雄を助けるという理由がなくなったためです。
✍️ 中学受験の記述問題
【問題】小牧・長久手の戦いが「勝敗が分かりにくい」と言われる理由を、「講和」という語を使って80字以内で書きなさい。
📚 ことばでも、つながっています
勝ち負けだけで決めないことには、こんな言葉もあります。急がば回れ ことば大辞典
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記述にそなえる:小牧・長久手(5・6年生版) ・ 歴史たんけん(3・4年生版) ・ 愛知県 ・ 歴史体験ガイド ・ 中学受験の時事問題 2026年9月 ・ ニュース用語かいせつ 一覧
出典:小牧市「小牧・長久手の合戦」、長久手市観光交流協会「小牧・長久手の戦い 史跡めぐり」。